カオハガン島ボランティア2008

論文・コラム

動物病院を上手に利用するために

初めて仔犬・子猫を飼われる方へ

院長ブログ 雑事総論


当院は飼い主さんと共に考える獣医療を目指しております。

2004年 カオハガン島ボランテア報告

1.カオハガン島へ

カオハガン島のマップ

右手後方にセブ市街の灯火が次第に遠ざかる。船は漆黒の闇を切り裂いて、中古の中古のエンジン音がやや苦しそうに聞こえる。トヨタ2トントラックのディーゼルエンジンをフィリピン車のエンジンとして何年か使用した後、今度は小型船舶用として再々利用。

3年、5年ごとに新車に乗り換える日本のマイカーとは違う、使えるものは最後まで使い尽くす、それによって成り立っている世の中が、それでしか成り立たない社会が此処にある。満天の星空に星々が数を増すにつれて深くなる黒の世界。この世に存在する音はこのエンジンの咆哮と船の波きり音だけ。乗客は皆押し黙って、只、両舷のアウトリガーが巻き上げる波しぶきを見詰めている。今年は夜光虫の煌きが少ないようだ。一昨年訪れたときの輝きが見当たらない。彼らにも周年サイクルがあるのかも。目指す方向にも僅かながら灯の光が視認出来るのだが、後方に段々と心細くなるセブ島の夜景は、文明社会から追放され流刑地に向かう罪人にも似た感慨が沸いてくるのは私だけか。

カオハガン島

船は時々前照灯を照らしながら所々に設置された仕掛け網と夜釣りの小船を避けつつ、我が総勢7名の遠征隊を乗せてGPSにも勝る正確さでカオハガン島へ。木立の中に点々と灯る家々の明かりに島の集落の輪郭が浮かび上がる頃、船は突然停止した。島から懐中電灯と思われる合図が発せられる。ここで船から下りて海岸まで歩いて上陸との指示を受け、皆次々と海に入るも、短足の私は一挙に股間の大事なものがびしょ濡れ。気温25度、湿度80パーセントのこの地にあっても一物が濡れるときの体温下降に再確認する男の実感。久しぶりの男の実感、情けないこと限りなき男の実感である。

島のオーナー崎山さんを始めスタッフとの再会を喜び、まずはビール。これが夜風との絶妙なコンビネーションを生み出す。たっぷりの水分と潮の香を含み、どこか倦怠を誘う南国特有の夜風だ。日常の喧騒に蝕まれ、常に何かに追われているかの強迫観念から私を開放してくれる夜風だ。

木立の中の手術場

しかし今回に限って何かしら重く引きずる日常性を断ち切れない自分があった。明日早朝からはじめなくてはならない作業を思い描きながら、完全に酔っ払うことを戒める自分があった。それにしても「サンミゲル」という名のこのフィリピンビール、日本ではクソも旨くないが現地で飲めば結構いけるものである。

2.島のオーナー崎山氏とカオハガン島ついて

カオハガン島の外観

カオハガン島はセブ島沖のオランゴ環礁に浮かぶ周囲2キロほどの小島である。干潮時には隣の島まで歩いて渡ることが出来る豊穣の干潟に囲まれ、豊富な魚介類が何百年にも亘り島を養ってきた。約15年前崎山氏はこの島を約1000万円で手に入れることが出来た。ところが島は300人の住民つき。古よりの不法占拠。浮浪家族コミュニティーがおまけとして付いて来てしまった。比国政府は彼らを強制的に立ち退かせることを勧めたが、崎山氏は占拠住民と共に生活することを寧ろ望んだ。当時島の衛生状態は劣悪、乳幼児の死亡率は5割以上だった。彼は生活環境の改善と民生の向上に直ちに着手。その後日本のNGOの協力も得て島民の健康状態と生活レベルは徐々に向上してきた。

手術場の風景

当然の帰着として毎年確実に増える島の人口。嘗てはトウモロコシの粉を水に溶いて煮たモノ(マイス)が主食であったが、今では米が主食となりつつある。飼い犬はあくまでもお祭りのご馳走。それが豚肉に変化しつつある。食生活の多様化と摂取カロリーの増加は必然的に「食べ残し」を生み出す。今までは島内の猫の総数は人からおこぼれに与る食餌の限界により長い間一定に保たれてきた。生活レベルの向上による猫の増加は世界共通の現象と言えるかもしれない。犬は定期的にご馳走となり、時には商品となってその数は不思議に変化なく過ごしてきた。島という閉鎖系の社会では犬猫の突然の増加は我々が想像する以上の様々な問題を具現化し、我が遠征隊の派遣となった訳である。村社会の安全性と村の生態系保全、いささか大袈裟な大儀を担う遠征隊である。気恥ずかしき遠征隊である。

3.野戦病院

去勢手術

翌朝早速手術の準備に取り掛かる。幸いスコールの心配のない天候に恵まれ村外れの木立の広場を手術場に選定する。日本から運んできた医薬品、機材の梱包をとき、村から徴発した腐りかかったテーブルにセッティング。手術台は村の大工さんの手作り。木立に裸電球、輸液バックを吊るし、準備完了。手術は2チームがスタンバイ。私の大法螺と甘い誘いに騙された千葉県の伊藤彰仁先生と奥様、社員旅行と偽って連行してきた当院の小谷、川上獣医師。家内が2チームの器具係。東京でホテルマンをやっている私の息子と友人の木村さん(この2人もたぶらかした)は下働き。遠征隊隊長の私は麻酔医。猫の避妊去勢手術からスタート。村の子供たちが小汚いズタ袋に猫を入れて続々とやって来る。体重計代わりのヘルスメーターは殆ど役に立たず。袋の上からの触診で体重を判断して、ドミ、ケタラールを5割見当に筋注する。猫が不動化したところで、留置針を装着し点滴開始しながら毛刈り、消毒を開始。ここからがアナログ世代獣医師の感が冴える勝負どころとなる。点滴チューブの側管より作業の進行と猫のトータルの生命状況を観察しながらケタラールを追加していく。家内が時々コンプレッセンをまくって呼吸を管理する。続いて行った犬の麻酔も同様に半量投与による不動化。この島の犬には人に抱かれた経験がまったくない。よってヘルスメーターによる体重の測定は出来ない。これも又々視診による見当となる。満足な保定が出来ない20キロ近い犬にアセ、ケタラールを瞬時に筋注する技術は豚の予防接種の経験の賜物か? 兎に角麻酔導入と維持管理が旨く行けば、ベテラン2チームによる手術は流れ作業のごとく進んでゆく。

去勢手術

カオハガン島は生活用水の全てを雨水に依存している。しかも今年は日照り続きで絶対的な水不足。島民は毎日隣の島への水の買出しに忙殺されている。そんな状況下、器具の洗浄にも充分な水が使用出来ない。計画では鍋による煮沸消毒であったが省略し、水洗いとヒビテン水浸漬で器具を使い回していくより方法はない。昼食時間に近づいた頃には手術後の覚醒を待つ患者が芝生の上に寝かされ、上から鶏籠を被せられてゴロゴロと横たわっている。村の子供たちが術後管理係に任命され、異常事発生の報告と歩けるようになったら開放するようとの指示が与えられている。

我々の手術と平行して崎山さんの要請により比国政府から派遣された獣医師による狂犬病予防接種が行われたが、同行した助手(下働きの単なるおじさん)がもっぱら注射を行い獣医師は証明書の発行だけといった比国の現状には考えさせられるものがあった。

術中風景

以上我遠征隊は1日半で犬猫合わせて28頭の避妊、去勢手術を実施した。我々が今や当然の獣医療水準と考えている滅菌設備、吸入麻酔器、生体情報モニターは言うに及ばず体重計さえない状況下での活動であった。そんな状況下でも日本での日常と寸分の違いもない動物に対する愛情と献身で以って任務を遂行してくれた仲間たちに深々と頭を下げて、夕日を見ながら飲むビールは格別の味がした。

4.与えられるという事

覚醒を待つ患者と術後管理係の子供達

より多くのモノを所有し、より多くの消費を美徳とする現代人から見て「日々食べて生きていくことが人生の目的そのものである」島民の生活は一見極めて貧しく感じられる。しかし何と彼らの笑顔の屈託のないことか。天地の運行と自然の摂理に身を任せ、周りの海に生かされている事に感謝しつつ、悠々として拘ることのない島人から受けるこの安らぎにも似た安堵感はいったい何なのか。グローバルスタンダードなんてものは元々存在しないのではないか。そんなものを作ろうとする発想そのものが間違ってはいないか。今回の活動を通じて私は当院の若い獣医師に伝えたいことが2つあった。

第一にいかなる状況下でも最大限の知恵を絞ること。臨床家にとって知識以上に知恵を絞る習慣が最大の武器であり能力である事。

海岸での風景

第二には日本の獣医療なんて極めて奇跡的に恵まれた特殊状況であり、我々の動物愛護思想も所詮一つの地方標準に過ぎないこと。

世界の辺境地域で経口補液剤のみで栄養失調性慢性下痢症と戦う国境なき医師団の苦闘を思いながら、色々と考えさせられること多きカオハガンでありました。

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