石黒獣医科病院

院長室 Toshiharu Ishigro Official Blog

2009-02-22 00:45:19

血糖値457mg【連載・動物病院の四季】

テーマ:動物病院の四季

血糖値457mg【連載・動物病院の四季】

梅雨真っ最中の曇天の夕暮れであった。
私と小谷獣医師は一枚のプリントアウトを前に頭を抱えている。血糖値457mg。この数字が示すほぼ確実な診断名は「糖尿病」だ。患者はシーズー犬、雄、十歳。今日の来院は食べ過ぎによる下痢はずだった。

「一ヶ月ばかり前から水ばかり飲むんだよ」
飼い主の婆ちゃんがつぶやいた。それが気に掛かり、実施した血液検査がこの数字を打ち出した。

今や珍しくない犬の糖尿病だが、治療は百パーセント飼い主に依存する。飼い主自身が患者に毎日インスリンを注射し、厳密な体調管理を行わなくてはならない。そして何よりも終わりなき治療費の重圧。そんな飼い主の重い負担を思い、私たちは既に落ち込んでいる。

さらに婆ちゃんが聞き取れないような小声で、私を袋小路に追い込む。
「この子と二人なんだよ・・」

私は「息子さんと三人じゃないのか?」と言いかけた言葉をのみ込む。

婆ちゃんは約八十歳。息子さんとの二人暮し。その息子も留守がちだと言う。私は取りあえずこの場の重苦しいさから抜け出したかった。そして息子さんを交えて相談することを提案し、ひとまず婆ちゃんと患者を帰す。

「小谷君どうする。インスリンの注射しかないべぇ」
「先生 あの婆ちゃんにインスリン注射は無理ですよ」
私達は半年前の苦い経験を思い出している。間違って自分の指にインスリンを注射して気分が悪くなった、あの爺ちゃんのことを。

慢性疾患の患者の飼い主が高齢者である場合、治療にかける労力の半分以上が飼い主のフォローに割かれる。治療マニュアルだけで対応すると、患者と飼い主を危険にさらすことになる。

「あの子が今、婆ちゃんを支えてるんだ。婆ちゃんの励みなんだ。仕方ない、トコトン付き合ってみるか?」
診療料金表のあることなんか忘れている。飼い主の私生活に立ち入ってしかられても仕方ない。

そんな私の雰囲気を察知して家内があきれて言う。
「いつもの悪い癖が始まった」と。

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