2009-06-08 12:43:57
テーマ:動物病院の四季

「パパ。このせんべい、賞味期限切れだけど、食べるぅ?」
台所で家内が聞いている。
「腐ってないなら、食えると違うか」
銀杏を焼いている私は火鉢から顔を上げ答える。
煎餅も銀杏も、市内の中学校教諭の田中先生からもらった。銀杏は学校で拾ったものだという。先日、うさぎの治療費の代わりにと申し訳なさそうに持ってきた。きっと、予算がないのだろう。わずかな銀杏の異臭が、彼と初めて会った十三年前の夕暮れを思い出させる。
あの日、彼は大きな段ボールに患者を全部詰め込んでやって来た。
「僕 東南中学の田中と申します。学校で飼っているウサギですが、昨日も2羽死んで。こいつらもひどいことに」
申し訳なさそうに開けた段ボールに詰め込まれたウサギたちは悲惨を極めている。
千切れた耳、化膿して腫れ上がった前肢と全身には無数の引っ掻き傷。下痢の悪臭。私の激怒は瞬時に我慢を超える。
「あんたらぁに動物を飼う資格はない。こんな惨状を子供たちに見せて、何が教育なんだ。バカか」
箱に入れられているエサをみた私はもう収まらない。
「ウサギが草食動物なのも知らんのか。ウサギに給食のパン食わしとるんか」
こんな悔しさを味わった獣医師はほかにも多数いた。やがて獣医師の声は行政を動かし、岐阜県では全国に先駆けて教育委員会と県獣医師会の委託契約による学校飼育動物支援事業がスタートした。
毎年学校を巡回して飼育管理を指導し健康診断を行う。時には施設の更新を教育委員会に提言する。飼育舎の広さに見合った羽数を飼い、オスとメスを分ける。毎日の掃除と適切な食餌を徹底する。
ただ、それだけで十三年前の惨状は姿を消した。最初は散らかった台所をのぞかれる主婦に似た戸惑いを見せた先生たちが、気楽に相談に来るようになった。
当時を思い出しながら、湿ったせんべいを食べた私は家内に語りかける。
「あの時は田中先生に言いすぎたかなぁ」。
彼女がすかさず答える。
『今日の飼い主さんにも言い過ぎよ』
私は今日もこの人に一番気を使っている。